積もるもの。
2001年9月15日信じる、ということ。
いつも盲目的に人を好きになっていたくはない…と思う。
「惹かれる」ということと「盲目的になる」ことは違うと思っているから。
それなら私は…いつも、惹かれていたい。
目を逸らせない程に、いつもいつも惹かれていたい。
そうして、惹かれ続ける自分でいたい。
今の自分の周りの状況を考えた時に、
どうしても盲目的にならなければいけないような場面が多くて
少しずつ、少しずつ…ガタがきていたのかもしれない。
あの人の周りに問題が起こらないことなんていつもないけれど(笑)
大丈夫だっていつも思えた。
それは、いつだって根拠のない自信だった。
けれど、「Gacktだから、大丈夫」
…そうやっていつも思ってた。
私の中では一番根拠がなくて、一番根拠のある自信。
それが「Gacktだから」っていう言葉だった。
今でもその気持ちに偽りはない。
けれど、起こった問題に対して、その言葉で言い返せない自分がいた。
その一言だけで相手を納得させられない自分もいた。
今回のANOTHER WORLDに起こった疑惑。
初め聞いた時に物凄い、くだらない噂だと思ってた。
だって、例えどれだけメロディーが似てようがなんだろうが、
彼が歌えばGacktの世界になるって、そう思ってたから。
ただ、ずっと前からGacktさんを知っていた人たちに
「こういう疑惑が一回湧くと、何を信じればいいのか分からない」
その言葉を聞いた後に話題になってた曲を聞いた。
その後、聞く前と同じ言葉を言い返せない自分がいた。
それが悔しくて悲しくて…そうして、途方に暮れた。
言い返せなかった理由は…
一般的な目で見た時…「Gackt」の眼鏡を外した時に曲を聞いたら
確かに「盗作だ」って多分私も思うんだろうなと思って。
ANOTHER WORLDは…その世界に私は既に捕われていたから、
これはGacktの世界だって思っているけれど。
けれど、これは違うって一回思っちゃったら、
その先のGacktの世界には気付かないんだろうなと思って。
ただ、それを思わせるか思わせないか…
その違いが生まれたのは、最近のメディア露出から始まった
彼に対しての不信感からが大きいんだと思う。
それが皆に積もってることを知ってたから、何も言えなかった。
私自身はいわゆるガックンに対しての不信感はないんだけれど、
危機感だけはずっと持っていた。
そうして、恐れていたことが形になろうとしている。
今のGacktをGacktとして認めるためには、
いくつかのピースが必要だと思う。
そしてそれは…惹かれ続けていなければ持っていられなかった、
集めきれなかったピースなんじゃないかとも思う。
今までのGacktは普通に見ていても凄い場面(ライブやCDのみの露出)でしか
目に触れることはなかった。
TVやラジオでの露出でも、あくまで曲前提としてのものばかりだったし…
ある意味、分かりやすい「Gackt」が多かった。
付け加えて、Rebirthからの流れでずっと感じているのは…
今のGacktをGacktとして見るためには、多くのピースが必要だってことだった。
そしてガックンとしてのメディア露出が始まってから、
そのピースを持ち続けることも困難な状況が続いた。
それでも大丈夫だって思えたのは、
それまで見てきたGacktから、その世界を分かっている人たちがいたからだった。
「Gacktだから、大丈夫」
その言葉だけで理解してくれる人たちがいたからだった。
けれど、そんな人たちにさえ不信感が積もるようになってしまった。
積もって、何かが崩れて…
「それでも”Gackt”なの?」って、そう聞かれた。
しばらく返す言葉が出てこなかった。
ピースが、足りない。
言葉じゃ説明なんて出来ない。
けれど、そんなピース一つで一線ずれてしまうようなものが
Gacktなのか?って自分に問いかけた時、
私は「Gackt」に対してまで、盲目的にならざるを得ない自分に気付いた。
…どうしたら、いいんだろう?
私自身は貴方に何一つ不信感なんて持っていない。
けれどGacktさん…私には今のいわゆるガックンファンだけが増えている状況で
ついて来れる人だけ来ればいいとは、言えないよ…。
いつも盲目的に人を好きになっていたくはない…と思う。
「惹かれる」ということと「盲目的になる」ことは違うと思っているから。
それなら私は…いつも、惹かれていたい。
目を逸らせない程に、いつもいつも惹かれていたい。
そうして、惹かれ続ける自分でいたい。
今の自分の周りの状況を考えた時に、
どうしても盲目的にならなければいけないような場面が多くて
少しずつ、少しずつ…ガタがきていたのかもしれない。
あの人の周りに問題が起こらないことなんていつもないけれど(笑)
大丈夫だっていつも思えた。
それは、いつだって根拠のない自信だった。
けれど、「Gacktだから、大丈夫」
…そうやっていつも思ってた。
私の中では一番根拠がなくて、一番根拠のある自信。
それが「Gacktだから」っていう言葉だった。
今でもその気持ちに偽りはない。
けれど、起こった問題に対して、その言葉で言い返せない自分がいた。
その一言だけで相手を納得させられない自分もいた。
今回のANOTHER WORLDに起こった疑惑。
初め聞いた時に物凄い、くだらない噂だと思ってた。
だって、例えどれだけメロディーが似てようがなんだろうが、
彼が歌えばGacktの世界になるって、そう思ってたから。
ただ、ずっと前からGacktさんを知っていた人たちに
「こういう疑惑が一回湧くと、何を信じればいいのか分からない」
その言葉を聞いた後に話題になってた曲を聞いた。
その後、聞く前と同じ言葉を言い返せない自分がいた。
それが悔しくて悲しくて…そうして、途方に暮れた。
言い返せなかった理由は…
一般的な目で見た時…「Gackt」の眼鏡を外した時に曲を聞いたら
確かに「盗作だ」って多分私も思うんだろうなと思って。
ANOTHER WORLDは…その世界に私は既に捕われていたから、
これはGacktの世界だって思っているけれど。
けれど、これは違うって一回思っちゃったら、
その先のGacktの世界には気付かないんだろうなと思って。
ただ、それを思わせるか思わせないか…
その違いが生まれたのは、最近のメディア露出から始まった
彼に対しての不信感からが大きいんだと思う。
それが皆に積もってることを知ってたから、何も言えなかった。
私自身はいわゆるガックンに対しての不信感はないんだけれど、
危機感だけはずっと持っていた。
そうして、恐れていたことが形になろうとしている。
今のGacktをGacktとして認めるためには、
いくつかのピースが必要だと思う。
そしてそれは…惹かれ続けていなければ持っていられなかった、
集めきれなかったピースなんじゃないかとも思う。
今までのGacktは普通に見ていても凄い場面(ライブやCDのみの露出)でしか
目に触れることはなかった。
TVやラジオでの露出でも、あくまで曲前提としてのものばかりだったし…
ある意味、分かりやすい「Gackt」が多かった。
付け加えて、Rebirthからの流れでずっと感じているのは…
今のGacktをGacktとして見るためには、多くのピースが必要だってことだった。
そしてガックンとしてのメディア露出が始まってから、
そのピースを持ち続けることも困難な状況が続いた。
それでも大丈夫だって思えたのは、
それまで見てきたGacktから、その世界を分かっている人たちがいたからだった。
「Gacktだから、大丈夫」
その言葉だけで理解してくれる人たちがいたからだった。
けれど、そんな人たちにさえ不信感が積もるようになってしまった。
積もって、何かが崩れて…
「それでも”Gackt”なの?」って、そう聞かれた。
しばらく返す言葉が出てこなかった。
ピースが、足りない。
言葉じゃ説明なんて出来ない。
けれど、そんなピース一つで一線ずれてしまうようなものが
Gacktなのか?って自分に問いかけた時、
私は「Gackt」に対してまで、盲目的にならざるを得ない自分に気付いた。
…どうしたら、いいんだろう?
私自身は貴方に何一つ不信感なんて持っていない。
けれどGacktさん…私には今のいわゆるガックンファンだけが増えている状況で
ついて来れる人だけ来ればいいとは、言えないよ…。
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